学生時代は今よりずっと太ってました。その上、家業の手伝いで培った腕力があったので照明機材運びなんかは苦でもない。なにしろへなへなの男子学生には腕相撲で勝ちましたからね。(前に書きましたね。。。)
ある日、部長と音効に「ちょっとちょっと来て」と腕を取られてサークル棟の別の部屋に連れて行かれました。部長は今思うと理屈ばっかり言って怖いところもあったけど音効さんはやさしい女の先輩だったので素直について行ったんですが。
台本のあるページを開いて渡され、「これ即興で歌って」と言うのです!部屋にはすでにデッキとマイクがあって録音の準備がしてありました。ぇええーーー?
でもですね、これがちゃんと歌ったんですよ。即興でメロディーつけて。で、一発OK。
信じられない。今でもそのメロディーうっすら憶えてます。さすがに歌詞っていうか台本にあった詩はさわりしか憶えてなかったので本で確かめてみました。
春らんまんの
餓鬼道を
おはらい おもらい おとむらい
雪にまごうや 花吹雪
狂うともなくちらちらと
風に押されて行きどころなし
業の道行き めくるめき
〜佐藤信『嗚呼鼠小僧次郎吉』より
はぁ。。。
やっぱり意味わかりませんが。今でも。
なんでメロディーがひらめいたのか、よくぞ歌ったもんです。
当時4年生になったばかりだった部長は一浪してたので年齢は22歳だったのかな?大学生になりたての19歳にとってはちょっと怖い存在でしたが、今思うとな〜んだ22歳なんかコドモだしっ。不思議なもんですね〜。
今、部長はサラリーマンで単身赴任してます。そろそろ定年?もう全然怖くないです。
『蒲田行進曲』から始まった思い出話でした。
結局、今見るには臭過ぎて途中で見るのをやめたんですが。
自然な演技をしていたのは松坂慶子だけだったような?
上の写真は満開の桜を撮っていた時のモス。
←はそのマイ桜。
☆Web拍手ご返事
◯私もその学園祭には一度だけ行ったことがありますよ!会ってたかもね?
◯あの公演終了時の高揚感は病みつきになりますよね。ほんとに懐かしい。
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