20090304
懐かしい家
今はもう売却した、私が小学校4年から結婚するまで住んだ、両親とイモートは7年前まで住んでいた店舗兼住宅。前を通る度にちょっと痛いような泣きたいような気持ちになっていました。
増築を重ねたため階段やドアがやたらに多く、いずれにしても倒れた後の父には住むことができなくなっていました。ある程度高齢になった頃には階段がかなりつらそうだったし。
新築後、割とすぐに増築した2階には3部屋あって、襖や障子をすべて開け放すことができるようになっていて、そうすると23畳以上のスペースになり、廊下もふつうの倍ぐらいの幅があったので、子どもにとってはいい遊び場。きょうだい3人で追いかけっこをし、音が階下の店に響いてお客さんの迷惑だ!とよく叱られていたものです。いとこたちやユージンらが泊まりに来た時はまるで修学旅行のようにふとんを敷き並べて楽しかった。
その後にまた建て増した台所と中二階になる小さな部屋。この部屋は私が結婚するまで使い、その後はイモートが使っていました。変型した土地にぎりぎり建てたので不思議な三角形をした部屋で、狭いながらも居心地はとても良かった。セーネンらが赤ん坊の時のお昼寝用の部屋にもなりました。
セーネンらが子どもの頃はよく子どもらだけで泊まりに行き、開け放した広〜い部屋にふとんを敷いて、父と並んで寝たものでした。両親はふだんは半地下を寝室にしていたので、そういう時は特別に客用ふとんで。
売却後は社員寮兼倉庫のように使われていたようです。つい先頃、車がぶつかって危険な状態になったとかで取り壊しかも、という話を聞いてはいたのですが、数日前に通りかかったチューネンCが、なんとすでに取り壊されて更地になっているのを見たそうです。
おぉ…感傷に浸る間もない取り壊し。
でも事前に知らされていたらすご〜く悲しかったかも。きっと記念に写真を撮りに行ったりして泣いたりなんかもしたかもしれない。。。まだ現場を目の当たりにした訳ではないから本当には実感してないんですが。
でもね、形あるものは壊れるし。。。いつかは壊れるんだしねー。。。
あれもこれも、もうないんだな〜と、夜、眠る前に懐かしく思い出しています。
そう、モスのこともこの家でオトートから引き取ったのでした。
☆Web拍手ご返事
始めは自分の車に乗ってるんですが、振り向くとバスのように長〜くなってるんです。
それから自転車に乗っていてサドルがどんどん高くなり
ついには高層ビルより高くなって、やはり曲がるのに困る夢も見ます。
あんまり高いから道路も人も小さくてよく見えなくて怖いんですよ。
我ながら変な夢〜
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